緑の人（仮）

シタデル行政区。
トゥーリアンやアサリ、サラリアンや人間などなど、人種のるつぼどころか種族のるつぼが広がっている。
皆さんがやがやと商談したり談笑したり口論したり…とにかく喋っている。

私は壁にもたれかかり、田舎者丸出しで口をはんびらきにしていた。
風景が物珍しいのもある。なにせシタデルに来るのは初めてだ。
そうじゃなくて。それだけじゃなくて。

周りが何を言っているのかさっぱり分からない。
翻訳機が故障した。

自慢じゃないが私は予想外の出来事に弱い。
今もひたすら、檻に閉じ込められたオランウータンのようにぐるぐるとその辺をうろつきたくてしょうがない。
どうしよう。
誰か優しそうな人に翻訳機を売っている場所を聞いたらいいのかな。
もう一度周りを見渡しても……待って、「優しそう」な人ってどんなん？
だってみんな宇宙人だよ！そうでなくても外人だよ！！
わかんない！見分けがつかない！もう全員ドロボーに見える！！！

あああああ。
思わず頭を抱え込む。
やっぱりシタデルなんかに来るんじゃなかった。恐ろしい宙族たちが奴隷を求めて闊歩してるのに。
宇宙怖い。死んだじいちゃんは正しかったんだ。
ほら今にも親切面した奴隷商人が……

「すまない。私の間違いでなければ、なにか困ってないか？」

来た。
落ち着け。こういう時は即座にオムニツールを開くんだ。

「父さん母さん、このメモを読んでいるということは私はもう駄目なのでしょう。どうか悲しまないで…」
「遺書を書き始めないでくれないか」

何故かツッコミを入れられた気がする。

「あの私、あんまりお金持ってなくてうひゃあ」

顔を上げると宇宙人がいた。
いやその、シタデルなんだから宇宙人がいるのは当たり前だけど。
なんだこの……この……蛇？

「…………？」

見知らぬ土地で野垂れ死ぬ恐怖は引っ込んで、代わりに観察欲が頭をもたげた。
爬虫類を彷彿とさせる頭の形。
瞳の色は冗談なくらいに真っ黒い。
緑というか、黄緑色の肌を黒いロングコートで包んでいる。胸元が露出しているのはそういうファッションかな。
他の宇宙人たちと比べると、身長はあんまり高くない。
かすれ気味の声も伴って、心なしか優しそうな雰囲気を醸し出していた。

「落ち着いたようだな、危害を加えるつもりはない」
「えーと、あの、今ちょっと言葉が分からなくて……」

駄目だ頭が働かない。
得体の知れない緑の人（仮）にこの窮地を喋るのもどうかと思うが、言ってしまったものはしょうがないね。

「翻訳機の故障か…」

おお？
緑の人（仮）は話の分かるお方のようだ。
英語ではない謎の宇宙語を操って、こっちを見ながらうなずいている。
そのまま店の一角を指さした。
あれかな？あそこで翻訳機を売ってるの？

促されるままに店へと入っていく。
これでドナドナされたらグレるよ、私。

―――５分後。

本当に翻訳機を扱うお店だった。
新しく購入するつもりだったけど、まだ保証が効いてたらしく、タダで交換してもらった。
らっき。財布が痛まなくて本当に良かった。緑の人（仮）にはお礼を言わなきゃ。

「いやーありがとうございます、実は商店街のくじ引きでシタデル旅行が当たっちゃって、右も左も…」

いねえ。

「ちょ、店員さん、さっきまでいた緑の人（仮）は！？」
「彼か？ついさっき出ていったよ。あんたの知り合いじゃ」
「そうですか！！」

サラリアン店員の言葉を背に、慌てて店を飛び出した。
しかし通りを歩くのは、人間やらトゥーリアンやら、知ってる種族たちだけ。

「誰だったの、あの緑っぽい宇宙人……」

「あーお客さん？あれはドレ」
「まさかあれは、妖怪の一種！？」

店員がなにやら言ってるみたいだけど、そんなことはどうでもいい。
私は宇宙の神秘に触れた！
この感動をどう表せば良い？沸き上がる情熱と尊敬の念……！

「とりあえず拝んどこう」

なむなむ。適当な方角に向かって手を合わせた。
宇宙にはまだまだ不思議なことがあるようだ。
そうして私はいつまでも、助けてくれた恩人に思いをはせ――

「お客さん？そこに立ってられると邪魔なんだが」

ごめん。

2016年 7月9日