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ブロック崩し ブロック崩しのページ 畑山畑

誤答を招くコントラポスト

ソラディオラーマに存在する騎士社会国家、ラクロア。
その中心地である城下町では、精霊の木を中心に、寄り添うように建造物が立ち並んでいた。

天気は快晴。
小鳥が歌い、木々は葉なみをそよがせて、道行く人々は笑いさざめく。

「いい天気」

そう呟いた女性もまた、柔和な表情で日向ぼっこに興じていた。
中肉中背、平均的な顔立ち、一般的な身なり。どこにでもいそうなラクロア市民である。
民家の屋根に腰掛けて、ふらふらと脚を揺らしている。

「ああ、本当に……」

暖かな日差しを一身に浴びて、大きく伸びをしてみせた。
民家といえど、屋根から地上までは10mほどの距離がある。
そんな場所から人々の営みを見下ろしつつ、瞳を笑みの形に細める。
揺らしていた脚をぴたりと止めた。

「……死ぬにはいい日和」

そして重心を前に傾けた。

「マナよ!!」

「えっ……わわわっ!?」

真正面から一陣の風が吹き荒れて、すみれ色の花びらが視界を飾っていく。
身体を後ろへ倒される形となり、彼女はぺたりと屋根の上に倒れ込んだ。

「申し訳ありません、お怪我は!?」

見上げると、空色の瞳があった。
白と青のコントラストが美しい騎士鎧に、鮮やかになびく深紅のマント。
親衛隊の一翼を担う騎士ガンダム、翼の騎士ナイトゼロ。
彼女にとっては初対面の存在だが──ともかく。のろのろと立ち上がり、重い口を開いてみせた。

「どうして、分かったのです」

主語もなにもない簡潔な問い。
されど、彼には言わんとすることが伝わったらしい。

「美しい女性の危機とあらば、この翼の騎士ゼロ!いついかなる時でも真っ先に駆けつけてみせましょう!」
「ああ、パトロール中だったんですね」

決めポーズをとったまま空中でコケるゼロをよそに、女性はしみじみと納得した。
『どうして落ちると分かったのか』──なんのことはない、巡回中の騎士が様子のおかしい女を発見したというだけのことだ。

「気にかけてくださってありがとう。さようなら」
「いえいえ、美しい私としては当然の……ああ、お待ちください!」
「なんでしょうか」
「私の見間違いでなければ、あなたは──」

死ぬつもりだったのではないでしょうか。

「どうでもいいでしょう、そんなこと」

あくまで穏やかに、彼女は微笑む。
天気の話でもしているかのような気軽さをもって、自らの命運を評するのだった。

「なにをおっしゃるのです!」

無論、そんな態度をゼロが見逃せるはずもない。

「美しい女性の憂いを取り除くのは、美しい騎士たる私の務め……!見過ごすことなどできません。教えてください、あなたに何があったのか!」

どこからともなく現れたすみれ色の花弁たちが、屋根へ地上へと降り注ぐ。

「……」

返答に窮したらしい彼女は、逃げるように地上へ目をやった。
すると案の定というべきか、眼下には人だかりが形成されつつあった。
国家に仕える騎士が。民家の屋根の上で。薔薇の花びらを振りまきながら民間の女と話している。
それなりに目立つ状況である。

「……また掃除が……」
「……キザっぷりが……」
「……飛び降りじゃあ……」
「……せっかく反乱も……」

ざわめきの輪が次第に広がる。
屋根の上で所在無さげに立ち尽くす彼女は、諦めたように肩を落とした。

「はじめまして。まず……私の名前はユーリ」

ゼロは慎重に姿勢を正す。

「ええ、確かに私は死ぬつもりでした」

喧騒が遠のく。彼女の物語が紡がれていく。

「あなたは恋を知っていますか?」


人は人に恋をして、結ばれ、やがて子宝に恵まれる。
愛を知り、愛を与えることで、人々は地に満ちるのだ。
それが正しい人の形。
それが普通の人の姿。

「でもね、私には分からないんです」

恋とは何か。愛とは何か。
家族を、友人達を好ましいと思うことはある。
しかしそれは恋愛感情とは明確に違うものであるらしい。

「子供の頃はまだ良かった。周りにそういう子も多かったので……」

成長するほど、大人になるほど、自らの異質さが浮き彫りになる。

“ユーリさんってどんな人がタイプ?”
“何歳までに結婚したい?”
“独り身だと寂しいよねぇ”
“初恋っていつだった?”
“ホントに恋愛したことないんだって?勿体ないなぁ、人生の半分は損してるよ”

善意に満ちた棘が胸に刺さっていく。
周囲は何も間違っていないと。自分はどこか壊れていると。
何度も何度も突きつけられる。

「そして……ある日、言われたんです」

──”ユーリさんって、ガンダムみたい”

ガンダム。
ラクロアにおいては、精霊の泉から生まれる種族の一部を示す呼称だ。
種の繁栄に生殖行為を必要としないため、自然とそれに伴う恋愛感情や性欲も無いとされる種族だ。

「その一言で腑に落ちました。ああ、きっと生まれる種族を間違えたんだと」

ゼロの瞳が痛ましげな色を浮かべる。
恋愛感情を持たない人間。
人々にとってそれがどれほどの異端であるか、ゼロに推し量ることは出来ないが……
仮に自らの種族に当てはめて考えるなら、それは。

例えば恋を知った騎士ガンダムと同じくらい、異質な存在ではないのだろうか。

「だから……」
「……だから死を選ぼうと?あなたは自分の人生そのものを、間違いだったと言うのですか!」

ついにゼロが切り出した。
ユーリは変わらず微笑みを浮かべる。
全てを諦めたが故の、力ない笑みを。

「ええ。だっておかしいでしょう?」
「そんなことはありません!!」

強い語調で言い切られ、彼女は少しだけ肩を震わせた。
ゼロは、民を守るラクロアの騎士は、辛抱強く1人の女性に語りかける。

「あなたは人間です、我々騎士ガンダムとは違う!
 今まで愛を知らなかったとしても、いつか必ず、誰か大切に思える者と巡り会えるはず!
 ですから──!」
「ありがとう」

ただ穏やかなだけではない、情のこもった感謝の言葉。
説得が通じたのかと、ゼロは緊張の糸を僅かに緩めた。
ユーリはゆっくりと、顔を両手で覆い隠す。
そして、

「でもね」

指の隙間から覗く表情には。

「私が欲しかった言葉は、それじゃない」

絶望だけが満ちていた。

「待っ──!!」

手を伸ばす。
魔法壁の構成を展開する。
そのどちらも間に合わない。
ユーリは屋根から飛び降りた。
善意の棘に苛まれ、救いの剣に突き刺されて。
誰も彼女を理解できない。
人だかりが蠢く。ざわめく。息を呑む。
彼女のとった行動を、誰もが予想出来なかった。

「──あ」

違う。
たった1人だけ。

「超魔法、アイフィールド」

落ち着き払った呪文の声が、大気中のマナを使役する。
ユーリの身体が魔法の障壁に叩きつけられた。

「っつ……!!」

少なくない衝撃が彼女を襲う。
死に至るほどではないが、後頭部を強く打ち付けた。
視界に火花が散る。世界が黒く歪んでいく。

「……どう、して……」

緑を基調とした美しい鎧。
白いマントに、全てを見透かされるような深い、青の……


目が覚めると病室だった。

「……」
「起きたか」
「おかげさまで……」

反射的に答えてから、慌てて視線を走らせる。
声の主は案外近い場所にいた。ユーリの横たわるベッドのそばで、静かに彼女を見下ろしていたのだ。
双貌に深い青を湛えた騎士ガンダム。

「氷刃の騎士」

ディード。
口の中でそう呟くと、同時に頭がずきりと痛んだ。

「つぅ……」
「すまない。咄嗟のことで手荒な止め方しか出来なかった」
「いいえ、それは気にしていませんが……」

苦労してベッドから上半身を起こす。
ふと窓の外へ意識をそらすと、薔薇を片手にうろうろと、病院の庭を往復している騎士が居た。

「あれはなんですか」
「責任を感じているのだろう。なにせ自分の言葉が原因で民間人が死を選んだのだからな」
「……酷い言い方です」

彼女は頭痛を抑えるように首を振った。
本当に、酷なことを言う。
少し言葉を交わしただけでも分かる。ゼロは本当に誇り高くも優しい騎士だ。
自らの行動が彼を傷つけたのだと知ってしまえば、もうユーリは同じ轍を踏めなくなるではないか。

「どうして……」
「うん?」
「どうして、分かったのです」

主語も何もない簡潔な問い。
ゼロにぶつけたそれと同じ言葉を受けて、ディードはにべ無く答えてみせる。

「巡回の途中だったものでな」
「…………順序がおかしくなってしまいましたが、初めまして。助けてくださってありがとう」
「気にするな。騎士として当然のことをしたまでだ」

言ったきり、白い室内に沈黙が下りる。
窓の外では相変わらず、ゼロが行ったり来たりを繰り返している。
さらに大仰な身振り手振りまで加え始めた。あれは深い後悔を現す仕草らしい。
思わず、といった様子でユーリは呟く。

「おかげで死ぬ気も失せました」

ディードが青い瞳を細める。
それは穏やかな微笑みだったが……なぜか、軽蔑の眼差しにもよく似ていた。
得体のしれない寒気が背中を駆け上がる。
けいべつのまなざし、だなんて、どうしてそんな風に感じたのか分からない。

「っ、あなたは──」
「帰る時はゼロに声をかけてやれ」

それでは失礼する、と。短く言い残して彼はマントを翻した。

「……」

ガンダム族特有の硬い足音が、病室の扉から廊下へと続いていく。
──聞き出さなくてはならない。
使命感とも罪悪感とも言える不思議な衝動。それはどろりと彼女の心にまとわりつく。
ゼロの励ましは希望と思いやりに満ちていた。ただ、言葉選びが致命的にユーリの本質を否定していたというだけで。
どうしてすぐにそのことへ思い至れたのか。どうしてあれがユーリの求める言葉ではないと分かったのか。
もしや、彼も自分と似たような──

そこまで考えたところで、病室へ看護士が飛び込んできた。
目が覚めて良かったとか、気分はどうだとか、頭の痛みはどうだとか、その他もろもろの問診が耳に叩きこまれる。

「え。ああ、はい……いえ大丈夫です。あの、家族には……もう言った?ぁ……そうですか……」

こうなるともうディードを呼び止められる雰囲気ではなく。
訊ねるタイミングを完全に逃した質問は、中途半端に胸の中でわだかまり続けるのだった。

「…………」

細く、小さなため息をつく。
気分はほとんど最悪に近い。
というかきっぱりと最悪だ。
家族会議やら知人への言い訳やら治療費やら好奇の視線やら、これから現実的な課題を山ほどこなさなくてはならないのだから。
考えただけで頭痛がしてくる。
けれど──

「あの。窓を開けてもいいですか?庭でうろついてる騎士さんと話がしたいので」

とりあえず、死ぬのはやめてみようと。
そう思えるくらいには、ユーリの心も凪いでいた。
後のことは──とりあえず、優しい優しい騎士様と話してみてから考えよう。

2019年 3月20日